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老健松原苑 村上統括部長の体験談

松原苑で統括部長をされている村上氏からもお話を伺いました。

村上氏は役所を退任された後、釣りが趣味で気川大橋の近くに新居を構えました。釣りをしながら悠々自適な生活を送ろうとしていたときに、木川田理事長に請われて松原苑で働くことになったそうです。

7万本の松が並ぶ高田松原。
とても景色も良く、釣りをするのにも最高の立地に家を建てました。

その近くの高田病院は0メートル地帯に立てられており、便利な立地ではありましたが、30年以内に99%、津波に襲われる言われておりました。
理事長からは、なんでそんなところに家を建てたんだ。津波が来るぞ。早く引っ越せ!
と言われたそうなんですが、その地区の町会長みたいな役をしており、簡単に引っ越すわけにはいかない、とそのまま住み続けたそうです。

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2011年3月11日

そして津波に襲われました。
その時は松原苑にいて、津波で命を落とすことはありませんでした。が、近所の知った顔の人が何人も亡くなられていました。

あとで、家の近くに行った時には、災害の爪痕でいろんなものが散乱して歩けないような状況でした。

村上氏自身も仮設住宅の生活となりまして、この7月まで仮設の生活が続いたそうです。

陸前高田でいち早く復興したのは松原苑といえます。

地震で被害を受けたのですが、理事長が業者すぐ手配して手早く復旧しております。透析センターも短期間での再開にこぎつけました。

3月11日になりましたら海に向かって黙祷しております。

災害後の日常

災害は必ずやってきます。

消防訓練を行っておりますが、課題目標を設定して行っております。

毎月回災害対策委員会を開いております。
委員会前に座学でミニ訓練を実施しております。
交代勤務で全員が参加できないのですが、まめに行なうことで共通して対応がわかるようになります。

無知だと大災になる。
それを肝に銘じて、これからも訓練をして、いつ起きるかわからない災害に備えられていました。

感想

松原苑さんの屋上に上がらせてもらいました。

陸前高田の景色が一望できる、津波がなければ本当に素晴らしい眺めのところです。

海岸沿いは7万本あった高田松原も、いまは1本のみ。

目の前には田んぼが広がっており、のどかな田園風景が広がっております。しかし、そこはずっと田んぼだったわけではなく、もともと家があったそうです。その家が流されて、いまは田んぼに変っている。
お話を聴かないとわからない現実でした。

内陸に目を移すと、普通に家とか学校があります。

しかし、村上氏が「あの学校のところまで津波がきたんだ」
「こっちは、あの建物まで津波がきたよ」
と教えてくださいました。

かなりの内陸まで津波がきていたんですね。

松原苑の敷地は広く、入り口の前にはとても広いスペースがあります。そこにヘリポートを設置するといったお話が、震災直前にはあったそうです。

7年たってまだなお復興されていない現状。

改めて認識を強くしました。